こんにちは。
先日、こんな記事を書きました。
設計は大失敗(法学工学は優秀な人が多そうと思える一方で経済学の人材が足りてなさそう)と思えますが、ネットワークとして成功するかに関しては個人的には失敗すると言う自信は無いんですけどね…。
さて話題になったLibraですがいろいろ誤解が散見されます。
今回は経済の観点から誤解の散見される論点について紹介し、整理したいと思います。
ステーブルコイン
リブラは通貨バスケット制のステーブルコインである
はい、まずよく聞くこれですが、まず「ステーブルコイン」の用語の定義をしなければなりません。
「ステーブルコイン」として巷でよく聞くのはTetherのUSDT(USDと1:1)、MakerDAOのDAI(USDと1:1)、LCNEMのCheque JPY(JPYと1:1)などですが、
これらはペッグされている通貨(USDやJPY)を基準に見ると、ボラティリティは(ほぼ)ゼロです。相場が変動しないんですからね。
※数学的に厳密な人のためにボラティリティも定義しておくと、ここではボラティリティを幾何ブラウン運動におけるブラウン運動にかかる係数とします。
[latex]dS_t=\mu S_t d t +\sigma S_t d B_t[/latex]意味合いとしては、確率論における「分散」ですね。
一方でリブラのボラティリティはどうなるでしょうか?
ここで、1 Libraを必ずしも任意の地域通貨で同じ金額に交換できるとは限らないことを強調したいと思います。これは、Libraが単一の通貨に固定されていないためです。裏付けとなっている資産の価値が変動するのに合わせて、任意の地域通貨に対する1 Libraの価値も変動することがあります。
The Libra Whitepaper
価値が変動すると公式ホワイトペーパーにあるので、この時点でボラティリティがどの通貨を基準に見てもゼロにならないことが定義上わかります(リブラ基準でみればリブラの価格はつねに1だがこれはトートロジー)。
「あるペッグ対象の通貨基準で見てボラティリティが(ほぼ)ゼロであること」をステーブルコインの定義とすれば、リブラはステーブルコインではありません。
じゃあなんでリブラはステーブルコインだステーブルコインだと言われているのか?
考えられるのは、「「ステーブルコイン」の定義を以下のように定義しているから」です。
ボラティリティが小さければステーブルコインといえる。ボラティリティが大きいか小さいかの閾値はマーケットポートフォリオボラティリティである。
考えられるここでのステーブルコインの定義
詳しく説明します。
ここに[latex]n[/latex]個の通貨があったとしましょう。[latex]n[/latex]個と通貨を両替することができたとすると、通貨ペアは[latex]n-1[/latex]個できますね。
数学的に言うと、自由度は[latex]n-1[/latex]ですよね。
子供向けにいうと、鉄道の駅が3駅あったとして、乗る区間の数は2区間ですよね。
こんな中で、例えば通貨が3つある(通貨A,B,Cとしましょう)として、
- 通貨Aがめちゃめちゃ薄められてめちゃめちゃ供給過多
- 通貨Bが少し薄められた
- 通貨Cが希少になってきた
こうなったとします。
この状況が自由度[latex]n-1[/latex]の中でどのように表現されるかというと、
- A建てのB価格上昇
- A建てのC価格めちゃめちゃ上昇
このように相対的な表現になりますよね。
ここで、通貨A,B,Cを等分して組み入れるバスケット通貨Zがあったとしましょう。まあ単純に
[latex]Z=\frac{A+B+C}{3}[/latex]と考えてください。ここで、「A建てのZ価格」はこの状況でどのように表現されるかというと、中間値の定理的に、
- A建てのC価格ほどめちゃめちゃな上昇ではないがA建てのB価格よりは大きな上昇
となります。まあ、平均的な価値変動をするバスケット通貨に関して、相対的にみても平均的な価格変動をするぜというだけなんですけどね(価値は一つ一つ固有の効用程度、価格は相対的なもの)。
CAPMなんかでみてみるとよくわかるのですが、マーケットポートフォリオの価格変動も、市場の平均的な価格変動(平均的なボラティリティ)になります。
ようするに「マーケットポートフォリオのボラティリティは市場のボラティリティの平均」であり、「マーケットポートフォリオのボラティリティより低ければボラティリティは小さいと言え」、「リブラのバスケットはマーケット全体よりもボラティリティを抑えられるものを選別するからマーケットポートフォリオよりボラティリティが小さく」、「マーケットポートフォリオよりボラティリティが小さければステーブルコインと言えるから」、「リブラはステーブルコインだ」、というロジックだと考えられるのです。
まず、このステーブルコインの定義に関して、誤解を解きたかったのです。おそらくリブラのステーブルコインの定義はいままでのと違う。
ちなみに、定義に関してはそれに則って議論さえできれば混乱は産まないのでいいんですけども(定義がバラバラのまま議論するのが一番悪い)、
「この定義でのステーブルコインに実用性がありますか?」というのが私の疑問です。
※リブラは公式のホワイトペーパーでステーブルコインであると自称しておらず、噂でリブラがステーブルコインであると言われている状態です。
サーガ
リブラのバスケット制の仕組みは革新的
IMFのSDRについて深掘りしていたら気づいたんですが、XDRと1:1でペッグする仮想通貨のアイデアはすでにありますね。
すなわちLibraのアイデアは革新的でもなんでもなく、二番煎じだったのでした。
このアイデアが革新的であるという誤解を、ここで解きます。
金融政策への影響
このような説がまだありますが、以下のように考えてみましょう。
通貨の定義を以下としましょう。
- 司法立法行政が整備され、かつ法律に強制力を持たせる警察を備えた組織(=国)が無から発行できるもの
- 法律において納税が義務化され、納めるために集めることを余儀なくされるもの(結果として流通する)
ここで、「いやいや待て待て、通貨とはみんなが価値を信じて使うからみんなが価値を信じて使うものではないのか」と思う人も多いでしょう。主流派経済学も今までこのような苦しいトートロジーしか知りませんでした。
しかしもしこれが事実であればこれはゲーム理論的に均衡ではありません。囚人のジレンマと同じ構造なため、極めてショックに弱いのです(フォーク定理でごまかしてきたのではないか)。
囚人のジレンマの均衡は相互裏切りであり、もしこれを先程の通貨に当てはめれば「みんなが価値を信じなくなって使わなくなる」です。これが均衡なんですね。
ミクロ経済学的におかしなものをつかってマクロな経済を発展させるなんて、ルーカスがみたら泣きますよ。
そこで通貨とは「みんなが価値を信じて使うからみんなが価値を信じて使うもの」ではなく、
- 司法立法行政が整備され、かつ法律に強制力を持たせる警察を備えた組織(=国)が無から発行できるもの
- 法律において納税が義務化され、納めるために集めることを余儀なくされるもの(結果として流通する)
だ、というのが租税貨幣論です。こちらの定義では囚人のジレンマに対しても説明がつきますし、トートロジーを使わなくても説明できます。MMTの数少ない有力ポイントです。
ただしMMTは経済学的には三流でありかつ主流派経済学の手法を使わないため、定説にはなっていません。
しかし囚人のジレンマという簡単なモデルをもって、説明することができなくなってしまう「通貨の定義」を使っていていいのかという話ですね。天動説が主流な時代の天動説なわけです。
租税貨幣論の通貨の定義に従えば、USDやJPYは通貨ですが、ビットコインもリブラも通貨ではありません。どちらも資産の名柄の1つ、ですね。
資産であって通貨のここでの定義に当てはまらないリブラは金融政策に影響を与えません。ただ単に金融政策への影響力をもつ通貨をバスケットに組み入れただけの銘柄となります。
リブラは警察も納税強制力も持たないことからも、わかると思います。
金融政策への影響はありません。誤解です。
追記
米国金融政策への影響がないっていうのはバスケットにドルが含まれてる時点でわかりそうなものですが、リブラは納税強制力をもたないことをもう少し説明します。
リブラ経済圏が反映すれば納税してでも経済圏に入りに来るようになるのでは?
このような意見があります。昔は自分もそう考えていました。
しかし例えばfacebook主導の経済圏があったとして、ネットワーク全く完全コピー(ハードフォーク)したM社主導の経済圏ができたとしましょう。
バーチャル空間でかつ完全コピーですから差別化要因がなく、互いに税率を下げて、経済圏に入ってくる人を増やそうとします。
結果、税率の競争均衡は0%になります。
バーチャル領域ではこのような底辺への競争が強烈に効き、競争均衡が0%になると考えられるわけですね。
地理的差別化要因を持たない組織は国家になり得ないのです。
おわりに
通貨の定義すらはっきりできていなかったというのは、経済学という学問の一番のウィークポイントだったと思います。
租税貨幣論に関して、「定説になっているかどうか」ではなく「ロジックとして正しいか」「囚人のジレンマやトートロジーに対して頑健なのはどちらの理論か」というのを自身で是非考えてみてください。