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中野剛志「真説・企業論」

この記事を結構多くの方に読んでいただきまして、上記記事で紹介しているMMT本の翻訳に関わり、かつ「奇跡の経済教室」シリーズを執筆した中野剛志氏の著作をこの機会にキャッチアップしておこうと思いました。そこで中野剛志氏著作

を読みました。今回は、左側の「真説・企業論」について書評的な記事を書き置いておきます。次回、「日本の没落」の書評を書きます。

前置き

知っている方は知っていますが、中野剛志氏は「TPP亡国論」で知られる評論家です。思想の系譜としては以前自殺された西部邁氏の影響を受けています。

ここで

「TPP亡国論」のようなトンデモ本の著者などアテにならない!

中野や西部は反米右派の極右!

そんなヤツが書いた本を読む木村優も右翼!

と、脊髄反射する方は、この記事を読まないほうが良いでしょう。

本記事では、中野剛志氏の思想を是とも否とも安易に即断せず、冷静に読み解いていきます。

是とも否とも即断せず先入観も持たず、まず「理解」しようとすることは、論理的に話ができる人間のマナーです。

イノベーションの定義

本書の帯には、

ベンチャーキャピタルはイノベーションの役に立たない

という非常に強烈なワードが書かれてあります。非常に直感に反するものです。

しかしここで直感に反するからと言ってやはり脊髄反射していいものでもないので、読み解いていきましょう。

結果、以下のようなロジックであることがわかります。

  1. イノベーションとは、革新的な事業シーズの創生から、革新的シーズの事業化までの一連の過程であるというのが定義である
  2. ベンチャーは革新的シーズの事業化には確かに向いているが、革新的な事業シーズの創生には向いていない
  3. したがってベンチャーにリスクマネーを提供するベンチャーキャピタルも革新的シーズの創生の役に立っていない
  4. ベンチャーキャピタルはイノベーションの一連の過程における一部の約にあまり役に立っていないということになる

こうやってロジックを整理すると、着目すべきポイントはどこになるかが見えてくるでしょう。ずばり、2.です。2.さえ正しければ1.3.4.は事実関係なく論理的に正しいので、この一連のロジックが正しいかどうかは2.にかかっています。

形式知と暗黙知

ここで中野剛志氏が引き合いに出すのが、経営学者の野中郁次郎です。

野中郁次郎氏は「形式知」と「暗黙知」という概念を整理し、バブル崩壊前の日本企業の破竹の勢いは、形式知と暗黙知のダイナミックな連動によるものであると説明しました。

形式知とは、理論的に体系化された、学ぶことのできる知識です。

一方で暗黙知とは、理論的に体系化することができず、経験によってしか得ることの出来ない知識を指します。

形式知と暗黙知のどちらか一方だけではだめで、両者が連動することによって創造的な組織となっていきます。

中野剛志氏によれば、形式知は理論的に体系化されているので(優秀であれば)即座に習得できるが、暗黙知は理論的に体系化することができず経験によってしか得ることができないので、組織として出発してから日が浅いベンチャー企業は、暗黙知の領域で不利であると指摘します。

そしてこの「形式知」と「暗黙知」の概念と、「保守主義」の接点を見出すのです。

というのも、「保守主義」とは、超要約すると、「社会というものは人間ごときの理性ではすべてを把握することができない複雑なものであるから、理性によって社会の設計を構築し、刷新する(政治の分野では改革と呼ばれる)ことは、人間の理性では把握できない複雑な今までの積み重ねを破壊することにつながるおそれがある」というものです。

ここで、「理性」が、「形式知」に、そして「理性ではすべてを把握することができない複雑なもの」が、「暗黙知」に、相当するのです。

短期主義と長期主義

そして中野剛志氏は、「株主資本主義的なガバナンス構造は短期主義を促進する」と述べます。

これは「イノベーションのジレンマ」で有名なクレイトン・クリステンセンも言っているとおりです。長期戦でイノベーションを起こすインセンティブよりも、長期戦の研究開発を削って利益を増やすインセンティブが若干上がるためです(当然、長期的な利益を要求する株主がいればこの限りではないが)。

長期主義こそがイノベーションを生むというのです。

したがって日本企業のガバナンス改革が進むにつれて、日本企業からイノベーションが起きなくなることは自明の理であると説きます。

アメリカの現状

起業のメッカであるシリコンバレーのイメージが起業家には強いアメリカですが、本著作ではアメリカの起業の実態もデータで示されています。

端的にいうと、「人のもとで働きたくない」という白人非富裕層のほぼ自営業、が、アメリカの起業の大部分であり、アメリカの開業率は低下、イノベーションは停滞してきているというものです。

成功事例ばかり取り上げられるが、暗い部分はまったく触れられないと中野剛志氏は指摘します。

本記事筆者の視点

形式知と暗黙知の議論、そしてそれに通ずる保守主義の議論のうち、事実解明的な部分は、否定のしようがないでしょう。形式知と暗黙知の両立がなければパフォーマンスが出ないことは自明であり、人間社会は形式知にできない暗黙知のような複雑性があるからすべて形式知で把握できるものであると思わないことであるということも、頭の中にとどめておくことは大事なことです。

しかしながら、「ベンチャーは暗黙知において不利であり、イノベーションを起こしにくい」という事実解明的な主張から、「ベンチャーを促進すべきでない」という議論にもなりません(中野剛志氏もこんなことは主張していません)。

ベンチャーでも暗黙知を得られるように動く。イチ経営者である私はそのような前向きの解釈をします。

加えて、「短期主義がイノベーションを起こしにくくする」という事実解明的な主張は正しいでしょう。が、「株主資本主義的ガバナンスをすすめるべきではない」という規範的な主張を導き出すことも、無いでしょう。

株主資本主義的なガバナンスはインセンティブ設計がうまく機能すれば効果を発揮するので、これを否定する根拠がないからです。

企業は株主資本主義的とも呼ばれるインセンティブ設計に基づいたガバナンス構造を構築し、短期主義に走ることがあったとしても、長期主義で研究できる機関がほかにあります。他ならない、大学です。

産学連携でイノベーションを起こす体制を社会でつくればよい、という結論にすればよいのではないでしょうか。

逆に言えば、大学は長期主義で研究できる環境を整備すべきであるという規範的な主張が論理的に導かれると言えるでしょう。

アメリカの件はまあ…なによりも伝聞ではなくデータで冷静に判断しましょう。中野剛志氏の提示しているデータですらまず間違ってるのではないかとも考える「疑う姿勢」も必要です(まず疑う姿勢は統計学に必須)。まあアメリカですらイノベーションが停滞してるのは事実だと思いますが。

みなさまもぜひ、先入観をもたず冷静に、読んでみてください。

私のようにケツの青いガキでも、脊髄反射しなければこのような冷静な議論になるので。