みなさんこんにちは。ユーキムラです。
テザー問題が最近賑わっています。
フィリップス氏は、この割合について問題視せず「いやゆる「部分準備銀行制度」は商業銀行のやり方と似ている」と指摘。「どの銀行も、預金額に占めるほんの小さな割合しか実際に現金を保有していない」と説明した。ただ、これまでテザーが主張してきた米ドルと1対1と事実は全く異なっていたことになる。
テザー、100%米ドルの裏付けないこと認めるも「銀行と同じ」と開き直る
一応超優しく解説しておくと、Tetherの発行するUSDTといういわゆるステーブルコインと呼ばれる暗号資産があり、Tetherは1ドルを預かって1USDTを発行します。1USDTは、いつでも1ドルと交換してもらえます。銀行の預金通帳の数字が現金と同じ価値を持つのと同じ理屈で、1USDTは1ドルと同じ価格になります(ほぼ)。
預かるんだからテザー社はちゃんと1ドルを動かさずに持っとかないとだめなんですね。
しかし現実はUSDTの発行額の74%のドルしか持っていなかったというわけ。
本来なら「1USDTは1ドルではなく0.74ドルまで価格が下がらなければおかしい」とも考えられるのですが、本記事執筆中現在のところそのような下落は見られません。
これは仕組み的には銀行の取り付け騒ぎと同じなので、それらのゲーム理論的な先行研究を紹介し、Tetherではなぜ取り付け騒ぎ(0.74ドルまで下がる)が起こっていないのか、考えられる説を紹介します。
取り付け騒ぎとは
まず取り付け騒ぎについて解説しましょう。
銀行は例えば1円を預かって預金通帳に1円という数字を書いてくれますし、預金通帳に1円と書かれていればいつでも1円現金と交換してくれます。
しかしながらなんとなんとですね、銀行は1円の預金を預かっていることに表向きはなっていながら(通帳には1円と書かれてありながら)、現金を1円持っているとは限りません。
なぜか。銀行は現金をどんどん個人や会社に融資するからです。現金どんどん貸すから、預金と同額だけ現金を持ってるわけじゃない。
なのでもし、銀行のユーザーが「全員」かつ「同時」に預金を引き出そうとすると、銀行は現金を全員に返すことが出来ません。無いから。
そのため、一旦みんなが「同時に預金を引き出そうとする動き」をしだすと、みんなが、我先にと、いち早く、引き出そうとします。
これが取り付け騒ぎです。
Diamond-Dybvigモデル
これのゲーム理論的なモデリングはDiamond-Dybvig(1983)が先駆者の模様。knskitoさんに教えてもらいました。
名前自体は有名だけども、名前がなかなかに圧が強いので論文を読んだことはなく、中身を全く知りませんでした。
ここで一念発起して読んでみました。結論としては極めてシンプルなモデルでインプリケーション自体は預金保険やペイオフ、最後の貸し手など今ではよく知られた政策の提言です。日本では最後の貸し手は日銀特融にあたります。
なのでこれ自体を解説してもあまり意味がありませんが、この論文の政策的含意となるさまざまな政策を含めて噛み砕いて変形して解説したいと思います。
この論文の超噛み砕いた要約としては、銀行が誰かに現金を貸し出す以上、取り付け騒ぎのリスクは絶対にゼロにできません(だからこの論文の政策的含意は預金保険、ペイオフ、最後の貸し手なんだけどね)。
取り付け騒ぎのリスクを無くすにはナローバンク化するしかありません。ようするに貸出や運用をせずただ現金を預かる銀行になるしかない。
しかしそれだと銀行の収益性が著しく悪化するため、保険商品などと同様に、確率論などをうまく使ってリスクヘッジしながら、貸出をしているのです。
しかし、取り付け騒ぎの確率がゼロではない、つまりいますぐ全員が預金引き出しをすればいまでも取り付け騒ぎが起こりうるという状況の中で、なぜ銀行は今日も生きてるのでしょうか。
ゲームツリー
それをゲームツリー的に表したのが以下になります。ただし括弧は(預金者利得,銀行利得)の意で、おおざっぱに◎○△▲で表現します。
- Q1.預金者にとって銀行は信頼できるか
- A11.銀行が信じられる
- Q2.銀行の経営は不振でないか
- A21.経営不振でない
- 健全な銀行経営と利用(◎,○)
- A22.経営不振
- Q3.預金保険や最後の貸し手などで銀行を救済するか
- A31.救済する
- 銀行も利用者も救済される。ただし実は遠回りに利用者は救済のコストを負担する(○,◎)
- A32.救済しない
- 銀行破綻(▲,△)
- A31.救済する
- Q3.預金保険や最後の貸し手などで銀行を救済するか
- A21.経営不振でない
- Q2.銀行の経営は不振でないか
- A12.銀行が信じられない
- →取り付け騒ぎ(△,△)
- A11.銀行が信じられる
まず、Q3のような状況ではA32よりA31が合理的となります。預金者にとっては利得が△となるA32よりも○となるA31のほうが良いので、預金者(有権者)はそのような政策を支持するでしょう。
次に、Q2。Q3の答えがA31なので、「A21」か、「A22→A31」を比較し、銀行は行動を選びます。
結論としてはA21かA31かは銀行にとってはA31のほうが楽です。つまり放漫経営をして、やばくなったら救済してもらう。そのほうが、真面目に経営するより楽です。これをモラルハザードといいます。
救済されることがわかりきっていると、このように銀行だけでなく、なんと預金者の行動にも影響を与えます。
例えば銀行が経営不振の中で救済されないことがわかっている場合、A12が部分ゲーム完全均衡になります。A31のように救済を待つことはできないからです。
ですがやはり救済される見込みがあるなら、A12取り付け騒ぎを起こすよりも、A31救済を待つのが、預金者にとっても合理的なのです。
Tetherの現状
逆に言えばですね、Tetherに取り付け騒ぎが起こってないのはなんでかというと、ここから結論が出ます。
みんな、Tetherに救済(将来の利益やどこかからの融資や調達)が起こると思ってるんじゃないでしょうか。
それを裏付けるのが以下の記事です。
また、同氏はトークンの発行額は、8億5000万ドルほどにするべきだと主張しているという。
渦中の仮想通貨取引所ビットフィネックス、IEOで資金調達を計画か
8億5000万ドルというと、ビットフィネックスの「損失額」としてニューヨーク州の司法長官が指摘した額だ。ただビットフィネックスは損失という表現は不正確だとし、「ポーランドやポルトガル、英国、米国などのいくつかの司法当局によって差し押さえられている」と説明している。
25日、ニューヨーク州のジェームズ司法長官がビットフィネックスとテザーを訴追。提携先でパナマに拠点を持つ決済サービス企業クリプト・キャピタルで生じた8億5100万ドルもの損失補填の為、7億ドルのテザーを使っていたと発表した。
なんと資金調達に動き出しているわけですね。
この調達に成功して一部をテザーの預金に回せば、テザーの預金準備率を100%にすることは可能です。
おそらく市場はこのような救済が来ると楽観視している。つまり今、面倒な取り付け騒ぎを起こさなくても、将来的に金は戻ってくるだろうと楽観視している可能性が高い。
これはまさに信用創造です。Tetherは0.74ドルを1ドルに、それも無から(厳密に言えば、将来返ってくるだろうとの期待から)、増やしている。
信用創造は究極的に言えばお金の存在を永遠に異時点間移転するねずみ講のようなものなのです。将来お金増やして返してくれるだろうという期待を利用して、無からお金を増やす。ですが、預金者側も幻想を信じたほうが合理的になることが多いねずみ講です。市場は、この信用創造の均衡にハマっている。
Tetherの今後
このBitfinexのIEOが失敗に終わり、ベンチャーキャピタルなどからの資金調達にも失敗に終わって救済の道の見込みがなくなった時、Tetherは間違いなく暴落します。
しかしながら現状もそうですが、市場はおそらく信用創造の均衡にハマっていて、救済幻想が崩壊しない限り、この信用創造の均衡がハズれない限り、なんだかんだで相場は固い可能性がある。
Tether社は連邦準備銀行に準備金を供託する義務も、なんとなんと債務履行つまりUSDTをUSDに変える義務も、法的に無い。これが諸悪の根源で、これが解消しない限りは問題は何回も起こるでしょう。
ですが以外にも相場は固いかもしれない。これは究極的に、BitfinexのIEOなどに命運がかかっている可能性が高いでしょう。
※ただしもちろん救済できねーなと市場が思えばIEOに関わらず暴落しますので、本記事は予言記事ではありません。救済されるかどうかの期待が市場の動きに影響を与えるとの記事です。
5/2追記
小口の市場参加者が楽観視は直感に反すると思います。私もそう思う。
ですが預金者の構成要素として、Tetherとつながりが深かったり秘密の情報を得られたりする大口が多くを占めている場合、妥当な可能性が高い。
預金者の「みんな」が楽観視してるのではないかという表現は、論理的には間違ってはないけども直感に反しそうな表現なので補足しておきます。
おわりに
私は日本でこのようないわゆるステーブルコインの発行を日本で行っていて、準備金供託義務のあるスキームを採用したりとしていますが、本件の分析に恣意性は入れず、できる限り客観的に分析しました。ポジショントークではないと、ちゃんと理解してもらえるととても喜びます。