私は個人的にはPoIを採用するNEMを推しています。GoogleのPageRankアルゴリズムと同じくグラフ理論を応用し(NEMのハーベスティングの仕組み)、Proof of Stakeの流動性問題への解決を試みているからです。ちなみに、Proof of StakeはProof of Workより経済厚生損失が少ないとの経済学の論文があります(コンセンサスアルゴリズムの優位性はどのように論じるべきか)。
もちろん、PoIの発想が良いと思うだけで、現在のNEMが完璧であるとは思っていません。重要度計算のパラメータ設定など、修正すべきところはたくさんあるかと思います。
コンセンサスアルゴリズムの優位性はどのように論じるべきかで紹介したように、科学的なコンセンサスアルゴリズムに関する議論が広まることを願ってやみません。ただ、PoWを推進している人々の主張に、看過ならない誤謬が散見されますので、この記事を書こうかと思います。
さて、誤謬とはなんなのかを紹介しましょう。
代表例は、以下の記事です。
※大石さんのご意見の紹介が多いですが、これは私が大石さんに粘着しているわけではなく、PoW推進派の信頼できる意見ソースの代表例として挙げることができるからです。ご注意ください。
引用失礼。
【命題2】無から有は生まれるか?
POSやBFTなどを合意アルゴリズムとして採用した通貨に価値はあるか?
参考コイン:POSコイン全般
私の仮説はNoです。コインといっても、無から有はうまれず、かならずなにかの価値との等価交換によって生まれることが必要と考えます。PoWであれば、電気という現実のリソースをバーンすることにより等価交換で発行されると考えることができます。POSやBFTのコインでは、等価交換ではなく無から有がうまれるため、もしそれに価格がついて売買されていれば、その価格はファンダメンタルがないものであると結論づけます。(つまりペーパーマネーと同様であり、ペーパーマネーの再発明ではないかということです)
この手のロジックは、大石さんに限らずPoWを推進している方々から散見されます。
PoW通貨はマイニングにかかった費用が価値の裏付けになっているが、マイニング費用のないPoS通貨には価値はない
というものです。誤謬について、順を追って説明します。
ます、経済学の古典的なモデルをご紹介し、価格はどのように決定されるのかを説明します。参考文献: Microeconomic Theory | Andreu Mas-Colell
効用の概念の説明については、コンセンサスアルゴリズムの優位性はどのように論じるべきかをご覧ください。
Classical Demand Theory
財ベクトル
$$
x=\left(
\begin{array}{ccc}
x_1 \\
\vdots \\
x_L
\end{array}
\right)
$$
と価格ベクトル
$$
p=\left(
\begin{array}{ccc}
p_1 \\
\vdots \\
p_L
\end{array}
\right)
$$
を考えます。
消費者は効用を最大化するため以下の最適化問題を解きます。消費者の厚生水準、つまり所得を\(w\)とすると、目的関数と予算制約は
$$
\begin{eqnarray}
max &u\left( x \right) \\
s.t. &x \cdot p = w
\end{eqnarray}
$$
となります。ラグランジュ関数は
$$L=u\left(x\right)+\lambda\left(w-p\cdot x\right)$$
となります。
最適化の結果、ワルラス需要関数\(x=x\left(p, w\right) \)が導出されます。
例として、\(u\left(x\right)=\prod_l^L x_l\)、\(L=2\)のとき、
$$
\begin{eqnarray}
x_1\left(p,w\right)&=\frac{w}{2p_1} \\
x_2\left(p,w\right)&=\frac{w}{2p_2}
\end{eqnarray}
$$
となります。この需要関数こそが、中学校で習う公民「需要と供給」に出てくる需要曲線です。
皆さんご存知の通り、価格というのは需要と供給の交点で決まります。
この需要が発生する源はなんでしょう。上述した経済モデルを見ていただければわかると思います。それは、効用です(ちなみに、コンセンサスアルゴリズムの優位性はどのように論じるべきかで論じたように、効用は主観的なものです)。
つまり、効用が高いものほど、需要されるわけです。
大石さんの記事に良い例があったので引用します。
ゴールドの価値については、興味深い説が有ります。ゴールドの価値は装飾価値ではなく、富を量を疑いなく図る機能にあるとする説です。
金には、装飾することによって効用を感じ、また富の量を示すことによって効用を感じる人がいます。だから金はあれだけの価格がついてもなお買う人がいるわけです。
ファンダメンタルズ
株にはファンダメンタルズがあるが仮想通貨にはない、とかよく言われますよね。じゃあなんでファンダメンタルズ(経済的基礎条件。株の場合だと会社の業績とか)が価値の本源だとか言われるのでしょうか?説明しましょう。
人々は株の配当に対して効用を感じ、需要します。この配当はファンダメンタルズに影響されますよね。だからファンダメンタルズは需要の裏付けとなります。これが理由です。
価値はすべて主観で決まるので、「本源的価値」という概念は意味がありません。世間でよく使われる「本源的価値」という言葉は、ここでは「需要の裏付け」という言葉として使います。ちなみに、金には需要の裏付けなんてものはありません、多くの人が装飾のため、富のシグナリングのために需要しているだけです。
誤謬
効用と需要の関係、そしてファンダメンタルズの説明を終えました。
需要関数の導出過程に立ち返り、お気づき頂きたいことがあります。財の需要と生産コストはなんの関係もないんです。
冒頭で挙げた大石さんの記事は、マイニング費用がファンダメンタルズであるとのロジックであると読めます。が、先程も言いましたように、需要と生産コストは全く関係ありません。したがって、マイニング費用は需要の裏付けにはならないのです。
「マイニングしている人がいるから、PoWを採用した通貨には価値の裏付けがある」というロジックは誤謬です。
なぜマイニングされているのか?答えはただ一つ。マイニング費用よりも高い価格でも、たまたま需要されているからです。もし人々がとあるPoWを採用した仮想通貨に効用を見いだせず、需要されなかった場合、マイニングは採算がとれません。
正しいロジックは、「たまたま需要があるから、マイニングしても採算がとれてる」なんです。
これは極めて大きな誤謬だと思います。
このPoW推進派のロジックは、古典派の労働価値説という19世紀には否定された学説と同じ論理構造です。
ちなみにですが、「PoSを採用した通貨には価値の裏付けはない」というロジックは、当然の話です。需要の裏付けがありませんからね。PoWにも需要の裏付けがありません。人々の主観によってのみ、需要が発生しています。
おわりに
もちろん、ビットコインが富の量を示すシグナリングになるのであれば、富の量を示すことによって得られる効用を求め、金のようにビットコインを需要する人は出てくるでしょう。
この可能性に関してはまだだれも断定することはできません。
ただ、ぼくは言いたいです。原子である金と違って分岐が可能な仮想通貨で、富のシグナリングの用途としての効用を感じる人はいるのでしょうか?
もう一度いいます。これに関しては誰もまだ断定はできません。
補足
ここでは、
価格:需要と供給の妥協の結果
価値:需要の程度
としています。
また、マイニングコストによって供給曲線がシフトし、価格がPoSもしくはPoI通貨より釣り上がることはありえますが、これはChiu[2017]の示すような厚生損失を発生させる価格上昇であり、価値にはなりません。
セキュリティへの需要をマイニングで作っているのだと言う方がいますが、PoSやPoIならもっとコスト低くその需要を作れますので、その説も無理があります。