分散型組織の発展を阻害する日本の税制と法制

こんにちは。発端は以下のツイートです。需要があるようなので書きます。

この記事を読むための前提知識として、分散型組織DAOについて軽く概念を把握していることとします。

少なくとも、DAOってなに?部下への権限委譲マネジメントのこと?ホラクラシー組織?とか言ってるレベルではこの記事は読んでも面白くありません。

ツイートのとおり税理士でも弁護士でもありませんが、本記事の内容はDAOに関する日々の活動を通じて当事者として得た知見をもとに書かれた記事だということをあらかじめ断っておきます。

論点整理1:STO

まず、日本の税制法制がDAOに向いてないという話をすると必ずや「ICOの代わりにSTOのルールがあるんだからそれに則ってやれ」という論点が発生することがありますが、これは本記事で提起したい論点と別の話であることを明確にしておく必要があります。

現に、ICOは資金決済法63条の2に規定されているように暗号資産交換業登録を行わなければできませんし、もしできたとしてもICOでは暗号資産の販売益として計上され、法人所得税が課せられ、会計上で損益取引と区別される資本取引の扱いにはなりません。

たしかにSTOであれば、つまり金融商品取引法で定める電子記録移転権利(もしくはトークン化された有価証券表示権利)を発行するというやり方であれば、第一種金融商品取引業登録を行わないと取扱者になれない点ではICO(正確に言うと発行者と取扱者が異なるのでIEO)と相似形ですが、会計上の扱いと税制上の扱いは異なってきます。例えば株式に関するトークン化された有価証券という形態でのSTOであれば、株式の発行に対する払込は損益取引ではなく資本取引なので課税対象外です。

現状の整理として上記を残しておきますが、これは本記事の論点ではありません。なぜ論点でないかというと、分散型組織とSTOが相容れないからです。

DAOは株式会社といった法的ルールではなく、ブロックチェーンによる分散的なガバナンスにより構成される組織形態なので、株式といった従来の法的ルールに基づくSTOを利用して組織を構成した時点でもはやDAOではありません。単なる株式会社です。

論点整理2:分離課税

トークンの発行者(個人でやることはまずないであろう)ではなく個人に関する税制の話です。

株式の値上がり益つまりキャピタルゲインは申告分離課税として所得税総合課税と区別されます。これは所得税総合課税に比べて累進課税税率の上限が低い税率となっています(そもそも申告分離課税のほうは累進課税でなく一律)。配当つまりインカムゲインも総合課税か申告分離課税(か源泉徴収で申告不要)で、キャピタルゲインと同等の、つまり所得税に比べて累進課税税率の上限が低い税率となっています。

これをICOに当てはめて考えてみましょう。

トークンの値上がり益は、雑所得として所得税がかかります。先程、申告分離課税は所得税総合課税よりも累進課税税率の上限が低いと話しましたが、具体的な数字を言うと、2021年現在、申告分離課税としての所得税は15.315%の税率であるのに対し(加えて地方税の5%を足してよく20.315%とよく言われます※追記2)、雑所得の所得税総合課税は累進課税で最大45%まで上がります(そして住民税の10%と足し合わせてよく55%と言われます)。暗号資産に配当のアナロジーを当てはめると、ステーキング報酬等になるかと思われますが、それも雑所得になります。

「なるほど、例えば株式のSTOなら株式と同様の税が課せられるのに対して、ICOは雑所得総合課税で税率高くなる可能性があるから、暗号資産も株式と同様に分離課税にしろというのが記事の要旨だな?」と思った方もおられるかもしれません。ごめんなさい、単にこれはあくまで現状の整理だと思ってください。要旨はまだその先にあります。その話自体は昔から結構俎上に載せられる論点で、本記事ではその是非には触れず先に進みます。

論点整理3:期末含み益課税

これまでは、「日本では」、という言葉を特段使わずに日本の税制法制を説明してきました。というのもいままで触れてきた観点などは特段、諸外国との差異があったり、特殊すぎるものだったりするわけではなかったためです。

しかしながら次の観点は敢えて「日本では」と言います。

日本では、法人の所有する暗号資産は、決算ごとに時価評価され、利確しなくても=含み益であっても、法人所得税の課税対象となります。

そのため、昔から多くの人(筆者視点)が 「法人の期末含み益課税をやめたらいいのに」 と主張してきました。

これはDAOの発展を阻害する最大の障壁だと多くの人が考えているためです。

どういうことか念のために説明すると、先ほど説明したとおり、DAOは、DAOの定義からして、セキュリティトークンのような既存の会社組織に関する法制度に依存しない形式で、構築される必要があります。

その際、ICOやらIEOやら関係なく(無償エアドロップだけでトークンを分配したとしても)、今どきのDAOはみな、エコシステム発展のためのプールのようなものを設け、そこにトークンを持ちますね?(そんなんがほとんどなくても回るのは世界初というブランドがあるビットコインだけです)。

そして、DAOは現実主義的に、最初からDAOとして始動するのではなく、株式会社の形態で始動し、DAOに移行するという手法を採るやり方が現実として考えられてもいるし存在してもいます。

その場合、「エコシステム発展のためのプールのようなもの」は、その「DAOに移行する前段階の株式会社」の所有物となるのです。

そこに法人の期末含み益課税が入るとどうなるか想像に難くありませんね?はい、株式会社に現金はないのに納税義務だけ発生して無事倒産します。

だから昔から多くの人(筆者視点)が 「法人の期末含み益課税をやめたらいいのに」 と主張してきたのです。これはよく知られている問題です。ただし、本記事は「法人の期末含み益課税をやめろ」だけで終わる記事ではありません。その先があります。

ただ、この論点は非常に重要な伏線になりますので覚えておいてください。

論点:民法・日本版LLP法と所得税法の交絡

さて、本記事の本題となる論点に入ります。

民法667条から688条には任意組合という概念があり、通称日本版LLP法(有限責任事業組合契約に関する法)には文字通り有限責任事業組合(LLP)という概念があります。任意組合と有限責任事業組合はどちらも権利能力なき社団で、法人格は持ちません。任意組合は登記がないこと、有限責任事業組合は登記があることなどいろいろ違いはありますが、本筋ではないので割愛します。

任意組合や有限責任事業組合にはパススルー課税というものが適用されます。

どういうものかというと、ようするにその社団に対して法人税が課せられるのではなくて、その社団の構成員に持ち分に応じて課税前収益が分配され、構成員個々がそのあとで各々個人の税を払うというものです。

具体的に言うと、社団が黒字の利益を上げた場合、その利益は構成員に分配され、構成員の所得税が上がります。

言い換えると、任意組合や有限責任事業組合に法人税は課せられません。

※法人格がないから法人税が課税されないという単純な話ではなく、これら組合が特例で認められているという話であることには注意が必要です。民法上の任意組合ではない、「民法上の権利能力なき社団」(大学のサークルが例)が収益事業を行った場合、社団の収益は持ち分の概念がない「総有」であるとされ、税法上では法人と扱いが同じになります。

さらに重要な点として、これは税理士柳澤先生に教わったことなのですが、パススルー課税のもとでは、先ほど言ったように構成員個人ベースの課税になるので、暗号資産の含み益に関しても、構成員に分配したうえで構成員個人ベースの課税になります。

法人と違って、個人の場合は含み益課税がありませんから、言ってしまえば、任意組合や有限責任事業組合の保有する暗号資産は、組合の期末を経ても含み益課税されることがありません。

この観点だけで言えば、

本邦は、DAOに適合する法制を、世界に先駆けて整備していたと言えるのです

これだけ見たら、

「え?株式会社のような法人格からDAO始動すると期末含み益課税死ぬって言ってたけど、任意組合や有限責任事業組合といった権利能力なき社団からDAO始動すると期末含み益課税問題発生しなくね?」

となりますね?

それが理想なんです。が、本邦にはn重トラップの最後のトラップがまだ残っているのです。

最後のトラップとはなにか?それは

DAOの前段階の任意組合や有限責任事業組合の所有物たるエコシステムのプールから、エコシステムの発展に貢献するなんらかのサードパーティープロジェクトに対してグラント等を与えたときに、利確扱いとなって、損金にもできないため、

現金がない状態で任意組合や有限責任事業組合の構成員に課税が来る

というものです。

これでは、(期末含み益課税の回避という観点で)せっかく世界に冠たるDAOに適合する法制があるにも関わらず、エコシステムを発展させるためのグラントといった仕組みを一切回すことができません。

「譲渡した時点で利確扱い」は、誰も異議を唱えないし諸外国を見ても特に特殊性のあるわけでもないルールですが、ここにきて強烈に効いてくるのです。

グラントに関して、損金にできるような仕組みでもあれば(なんらかの対価としての支払い計上とかにできれば)、いいのですが…

技術的な解決アイディア

このような問題を、テックで解決できれば最もスマートなのですが、考えた結果、問題が多すぎてすぐに実現は困難だろうという結論に達しました。

考えられるのは、エコシステムを発展させるためのプールを、いかなる組合の所有物ともせず(つまり取り出すことのできる秘密鍵を持たず)、スマートコントラクトやブロックチェーンにハードコーディングされた機能(Cosmos系想定)でプール所有のトークンをロックし、例えばグラントを付与したいときはオンチェーンガバナンスによってそのプール内のトークンの一部をアンロックする決議を経るというやり方で、グラント等のエコシステムを発展させる仕組みを回すというやり方です。

これの問題点は

  • エコシステムを発展させるためのプールが、オンチェーンガバナンスの構成員(DPoSで言えばバリデータとデリゲータ)の持ち分資産であるという解釈がなされうる。したがってオンチェーンガバナンスの構成員が持ち分(ステーク残高に基づくvoting power)に応じて利確扱いの会計処理をしないといけないが、そんな計算は誰も責任もってできない。
  • オンチェーンガバナンスの参加の「早い者勝ち」「既得権益」感が強まる。

などが考えられます。一朝一夕では解けないでしょう。なにかアイディアや力ある方いればぜひ連絡をください。連携して解決する準備があります。

まとめ

本邦で現状できるのは以下です。

  • エアドロップしたあと、期末含み益課税に関して、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、グラント等エコシステムを発展させる仕組みを回す
  • パススルー課税(構成員課税)となる世界に冠たるDAOに適合する法制を活用し、DAOの第一歩を始動させつつも、グラント等エコシステムを発展させる仕組みは一切やらない
  • パススルー課税(構成員課税)となる世界に冠たるDAOに適合する法制を活用し、DAOの第一歩を始動させつつも、グラント等エコシステムを発展させる仕組みを回しつつ、譲渡時利確の分を自腹切って納税する

本邦で、この法制で、分散型組織・DAOに関するイノベーションが発生するでしょうか?それは読者の方にお任せします。

「ICOは無法地帯だからSTOができた、それで十分考えられている」と既存法制に詳しいだけの人が済ませてしまうと、この問題は噛み合わないままになります。一方でDAOに詳しい人が既存法制に詳しくないまま喚き散らしても同様です。

どこが論点なのか?実際に最前線ではどのような問題が発生しているのか?本記事が、噛み合う議論に発展するための土台になれば幸いです。

税務・法務の専門家の方へ

筆者は税理士でも弁護士でもないので、細かいところのツッコミをぜひお願いします。むしろツッコミをいただいて記事をより洗練させていきたいです。

追記1

柳澤先生にご指摘いただき、申告分離課税と総合課税の説明を一部修正しました。

追記2

カヤバ先生にご指摘いただいた内容になりますが、地方税にも復興税がかかるため、2021年12月5日時点で税率は20.315%ではなく20.42%になっています。